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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)4498号 判決

原告 村松秀之助

被告 国

訴訟代理人 杉浦栄一 外一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し四拾万八千円及びこれに対する昭和三十二年四月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、(一)、原告は昭和三十一年十一月十九日訴外小林勝四郎から(イ)斎藤鉄工所製四六全版断截機一台モーター附(ロ)飯島製作所製四六半截版機械型抜ビクトリヤ機械番号三〇一二番一台(ハ)附属モーター六三〇一八五三番一台(以下右各物件を本件物件という)を四十万八千円で買受けると共にこれを賃料一ケ月一万二千五百円、賃貸期間昭和三十二年十一月十八日までと定めて右訴外人に賃貸した。(二)、原告は占有改定の方法により即日本件物件の引渡を受けたのであるが、なお前掲各契約につき同日東京法務局所属公証人千秋正をして昭和三一年第三四六八号動産売買ならびに賃貸借契約公正証書を作成せしめた。(三)、その後訴外株式会社実業の相談社は昭和三十二年二月二十五日東京地方裁判所執行吏西直吉に委任し訴外小林勝四郎所有の動産を差押えたが、その執行に際し、右執行吏は訴外小林から、本件物件は原告の所有に属する旨を告げられ且つ前掲公正証書謄本を提示せられたのであるから本件物件が原告の所有に属することを知つていたにも拘らずこれを差押えた、右は執行吏の故意によるものである、仮にそれが原告の所有に属することを知らなかつたとしても、前記告知及び提示等により本件物件が債務者である訴外小林以外の第三者の所有に属することを疑うに足りる相当の理由があるのであるからその所有権の帰属を確認するまで差押を中止すべき注意義務があつたにも拘らずこれを怠り本件物件に対する訴外小林の占有の事実を重視してこれをそのまま差押えた、右は執行吏の過失によるものである。(四)、本件物件は昭和三十二年三月十三日訴外山本金一郎によつて三十万円で競落せられその競落代金はその頃支払われ且つ同年四月四日訴外小林の債権者らに配当せられ、結局原告は本件物件の所有権を喪失しその時価相当額即ち原告が右小林から前記のとおりこれを買受けたその代金額と同額の四十万八千円の損害を蒙るに至つた。(五)原告は、前掲差押及び競売の事実を知らず訴外小林を被告とし昭和三十二年五月二十三日東京地方裁判所に約定賃料の滞納による賃貸借契約の解除を請求の原因として本件物件の引渡請求訴訟を提起したところ、右小林の、本件物件は前記のとおり差押及び競落により第三者の所有となつているからその引渡請求に応ずることができない旨の答弁に基き、直ちに東京地方裁判所執行吏役場において関係の動産競売調書を閲覧したところ前掲差押及び競売の事実が明らかとなり、翌三十三年四月訴外株式会社実業の相談社を被告とし東京地方裁判所に損害賠償の請求訴訟を提起したが敗訴となりさらにその判決に対し東京高等裁判所に控訴したが結局昭和三十五年五月二十三日同裁判所から、本件物件が原告の所有に属することは認められるがその差押競売等の所有権侵害については右訴外会社に故意がないとの理由により、控訴棄却の敗訴の判決言渡を受けるに至つた。(六)、以上のとおりであつて、本件物件の喪失により原告の蒙つた損害は執行機関である執行吏の故意又は過失によるものであるから国家賠償法第一条に基き原告は被告国に対し前掲損害四十万八千円及びこれに対する前掲競落代金配当の日の翌日である昭和三十二年四月五日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。と陳述し、被告の主張を争い、原告には被告の主張するような執行法上の救済手段を構ずべき義務はなく仮にその義務があるとしても、本件のように原告において訴外小林から最後に賃料の支払を受けたのは昭和三十二年二月二十三日頃であり本件物件が差押えられたのは同月二十五日であり翌三月十三日には既に右物件が競落せられているのであつて右差押、競売を予知することは到底期待でき難いところである。原告は前記のとおり右差押等の事実を知らず同年五月二十三日訴外小林を被告とし約定賃料の滞納による賃貸借契約の解除を理由に本件物件の引渡請求訴訟をすら提起しているのであつて原告には前掲損害を蒙るに至つたことにつき何らの過失もない。と述べた。

被告は、主文同旨の判決を求め、答弁及び主張として、請求原因(一)及び(二)の各事実は不知。同(三)の事実は、訴外株式会社実業の相談社が原告主張の日主張の執行吏に委任し訴外小林勝四郎所有の動産を差押えたこと、その執行に際し右執行吏は訴外小林から、本件物件が原告の所有に属する旨を告げられ且つ原告主張の公正証書謄本の提示を受けたにも拘らず本件物件に対する右訴外人の占有の事実を重視しこれを差押えたことは認めるが、その余の事事実は争う。請求原因(四)の事実は、本件物件が原告主張の日主張のとおり訴外山本によつて三十万円で競落せられたことその競落代金がその頃支払われ且つ原告主張の日訴外小林の債権者らに配当せられたことは認めるが、その余の事実は争う。請求原因(五)の事実は不知。同(六)の事実は争う。強制執行の目的物である動産が外観上一見して第三者の所有に属するものであることが明らかな場合においては格別であるが、本件のようにそれが第三者の所有物であることが明らかでない状況の下において執行債務者小林勝四郎によつて占有せられているときには、たとえ債務者その他の第三者が、右物件は第三者の所有物であることを主張し且つ右事実を公正証書謄本の提示その他の方法によつて証明しても、これを差押えるのが相当であるから、原告主張の執行吏西直吉の執行手続には何らの違法もなく、故意、過失もない。原告が右執行処分の結果その主張する損害を受けたとしても、それは執行吏の故意又は過失による違法な執行に基くものではなく原告が右執行に対して何ら執行法上の救済手段を構じなかつたことによるものであるから、執行吏の執行手続上の故意又は過失を前提とする原告の本訴請求はこの点において理由がない。と述べた。

証拠として、原告は、甲第一ないし第八号証を提出し、被告は、右甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告が昭和三十一年十一月十九日訴外小林勝四郎から本件物件を四十万八千円で買受けると共にこれを原告主張の賃料、賃貸期間の定めで右訴外人に賃貸したこと、原告は占有改定の方法により即日本件物件の引渡を受けたこと、又同日前掲各契約につき原告主張のとおり主張の公正証書を作成せしめたこと、以上の各事実は成立に争いのない甲第一、二号証によつて認められる。成立に争いのない甲第五号証中右認定に反する記載部分は右甲第一、二号証に比較し措信し難く又他に右認定を左右するに足りる証拠もない。その後の昭和三十二年二月二十五日訴外株式会社実業の相談社が東京地方裁判所執行吏西直吉に委任し訴外小林勝四郎所有の動産を差押えたこと、その執行に際し、右執行吏は訴外小林から、本件物件は原告の所有に属する旨を告げられ且つ前掲公正証書謄本の提示を受けたにも拘らず本件物件に対する右訴外人の占有の事実を重視しこれを差押えたこと、右物件が翌三月十三日訴外山本金一郎によつて三十万円で競落せられその競落代金はその頃支払われ且つ翌四月四日訴外小林の債権者らせらに配当れたこと、は被告の認めて争わないところである。原告は、右執行吏の差押は、本件物件が原告の所有に属することを知りながら故意になされたものである然らずとするも本件物件が原告の所有に属する旨を告げられ且つ公正証書謄本の提示を受け従つて右物件が執行債務者以外の第三者の所有に属することを疑うに足りる相当の理由があるのであるから、その所有権の帰属を確認するまで差押を中止すべき注意義務があつたにも拘らずこれを怠つた過失によりなされたものである。と主張する。然し成立に争いのない甲第一、二号証同第七号証を綜合すると執行債務者である訴外小林勝四郎は紙器製造業を営むものであつて本件物件はその営業用機械類であり平素これを自己の工場に備付けて占有使用していたことが認められるから、占有に基く権利推定の法理により右物件は一応右訴外人の所有に属するものとの推定を受けると言うべきである。従つておよそこのような場合においては、執行吏が動産の差押に際し執行債務者又は第三者からそれが第三者の所有に属する旨を告げられたとしても、その動産が外観上の所見により或はその所在場所その他執行当時における諸状況等に徴し若しくは有力な資料の提供を受けるか又はこれらを綜合し右動産が第三者の所有に属するものと一応認めるに足りる客観的合理性があるとき即ち前掲の推定を覆えすに足りる事情ないしは資料のあるときは格別であるが、その然らざる限りはこれを執行債務者の所有に属するものとして差押えたからと言つてそのことから直ちにその差押が不当のものであるとは言えない。本件の場合、執行吏において本件物件が原告の所有に属することを知りながら故意に、又は原告主張のようにその所有権の帰属を確認するまで差押を中止すべき注意を怠つた過失により、これを差押えたとの原告の主張の点については、執行吏が訴外小林から本件物件は原告の所有に属する旨を告げられ且つ前掲公正証書謄本の提示を受けたこと以外に故意又は過失を認めるに足りる資料はなく又右の告知及び公正証書謄本提示の事実も前掲の権利推定を覆えし且つ執行吏の故意を推認し又は過失を認定するには足りない。もつとも右謄本は権利関係の変動を証明する有力な資料ではあるが、その内容は訴外小林所有の営業用機械の原告に対する売渡、原告から右訴外人に対する賃貸、賃貸期限を買戻期限とするその買戻の特約条項等であつて、形式はとも角、その実質においては終始右機械の使用占有状態には変動なく巷間かかる形式をもつてする営業用動産担保の金融の事例の多いことに鑑みても、執行吏にとつては、本件物件が果して原告の所有に属するかどうか疑念を容れる余地なしとしないのであるから(現に、前記甲第五号証によると、原告の訴外小林に対する本件物件の引渡請求訴訟において、右訴外人は、前記公正証書の内容は事実に相違しているとして売買、賃借等の事実を争い本件物件は自己即ち右訴外人の所有に属していると主張している)右公正証書謄本の提示がなされたからと言つてそのことから直ちに、執行吏西直吉の故意を推認するに足りないのは勿論、右執行吏に本件物件の所有権の帰属を確認するまで差押を中止すべき注意義務があるものとも言えない。従つて右の故意又は注意義務の懈怠による過失を主張しこれを前提として被告国に損害賠償の義務ありとなす原告の本訴請求は、爾余の争点につき判断するまでもなく、すでにこの点において失当であるから容認し難いものとして棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤恒雄)

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